「仕事中に切ったんですけど、保険証は使えますか」
受付でこう聞かれて、固まった経験はありませんか。

さらに困るのが、この続き。「労災にはならないと思うので、健康保険でお願いします」と言われる場面です。本人がそう言うなら、と流してしまいそうになる一言。

この記事でわかること
- 仕事中のケガで、受付が最初に聞く3つのこと
- 「健康保険で」と言われる4つの理由と、その場での返し方
- 労災で持ってきてもらう用紙は、受診先によって変わること
- 健康保険で受け付けてしまった後の、切り替えの流れ
- 労災になるかどうかを決めるのは誰か

先に答えをお伝えすると、仕事中と通勤中のケガに、健康保険は使えません。どちらを使うかは、患者さんも勤務先も、そして受付も選べない仕組みになっています。

今やること
「いつ、どこで、何をしていた時のケガか」を、ひとつだけ聞く。
▼ 受付で聞く順番へ

受付で聞く順番

聞くのは3つ。難しくありません。上から順に、それだけです。

  1. いつ、どこで、何をしていた時のケガか
  2. 勤務先に伝えてあるか
  3. 労災の用紙を持ってきているか

ひとつ目で仕事中か通勤中かが分かれば、その先は流れで決まります。ここを飛ばすと、会計の場で全部を巻き戻す羽目に。

「差し支えなければ、どういう状況でのおケガか教えていただけますか」

聞きにくい質問だと感じるかもしれません。ただ、全国健康保険協会は医療機関向けの案内で、患者から事故の状況を聞き取ったうえで労災保険の対象かどうか判断してほしい、と書いています。

尋ねるのは決まりに沿った行動。失礼にはあたりません。

3つ目で用紙がない時は、その場で用意してもらう必要はありません。勤務先から取り寄せる流れになるので、いつ持ってこられそうかだけ確認しておきます。

「健康保険で」と言われる4つの理由

協会けんぽが配っているチェックシートには、相談の多い誤解が4つ並びます。窓口で実際に聞く言葉と、ほとんど同じでした。

「会社に迷惑がかかるので」

いちばん多い理由です。労災を使うと勤務先が責められる、と思っている人が少なくありません。気持ちは分かります。

ここで制度の説明を長くすると、かえって身構えられます。示すのは手続きの相手だけ。それで十分です。

「保険の種類は、勤務先と労働基準監督署で決まる形になっています。こちらで判断するものではないので、まず勤務先にお伝えいただけますか」

「パートだから労災は使えないと思って」

雇用の形にかかわらず対象。それが労災保険の考え方です。短時間の勤務でも変わりません。

思い込みで健康保険を出してくる人には、この一言。

「働き方にかかわらず、お仕事中のケガは労災の扱いになります」

「軽いケガなので、労災にするほどでは」

ケガの重さで選べる仕組みではありません。1日で治る傷でも、仕事中なら労災。

ただ、ここで押し切ると角が立つ場面もあります。判断を病院に預けられないことだけ、静かに伝えます。

「損害保険会社から健康保険を使うように言われた」

通勤中の事故で出てくる言葉ですね。相手方の保険会社が案内している場合もあります。

保険会社は労災かどうかを決める立場にありません。協会けんぽも、認定するのは勤務先を管轄する労働基準監督署だと明記しています。

「保険会社さんのご案内とは別に、労働基準監督署への手続きが必要です。勤務先にもご確認いただけますか」

労災の用紙は、受診先で変わる

ここが新人さんのつまずきどころ。用紙は2種類。自分の病院が労災指定医療機関かどうかで分かれます。

受診先 用紙(仕事中/通勤中) 窓口でのお支払い
労災指定医療機関 様式第5号/第16号の3 なし
指定を受けていない医療機関 様式第7号/第16号の5 いったん全額。あとで本人が請求

指定医療機関なら、用紙は病院を経由して労働基準監督署へ回ります。患者さんの窓口負担はゼロ。

ただ、初診の日に用紙が間に合わないことは珍しくありません。その場合はいったん預り金をいただき、用紙が届いてから精算する病院もあります。院内のルールを一度確認しておくと安心ですね。

指定を受けていない場合は、いったん全額を預かる形。患者さんが領収書を添えて自分で請求します。

数千円で済むと思って来た人に窓口で全額をお伝えすることになるので、受付での説明はここが山場。驚かれます。

自分の病院がどちらかは、入職時に確認しておくと迷いません。院内の掲示か、事務長・上司へ。すぐ分かります。

健康保険で受け付けてしまった時

焦らなくて平気です。
たいていは後から気づきます。会計が終わった後だったり、月末のレセプト点検だったり。

厚生労働省のQ&Aでは、次の順で進めると案内されています。

  1. 医療費の全額を、いったん本人が負担する
  2. 加入している健康保険に、仕事中のケガだったと伝える
  3. 返納の通知と納付書が届くので、金融機関で納める
  4. 労災の請求書を作る(仕事中は様式第7号、通勤中は様式第16号の5)
  5. 勤務先と医師の証明をもらう
  6. 領収書を添えて、勤務先を管轄する労働基準監督署へ出す

全額をすぐ払うのが難しい場合、返納が終わる前に労災へ請求できる、とも書かれていました。お金の心配を口にされた時は、ここを伝えると安心してもらえますよ。

病院側では、健康保険で出したレセプトを取り下げて、労災へ出し直す作業が発生します。私の経験では、月をまたいでから気づいた時のほうが手間が増えました。

気づいたら、その日のうちに院内へ共有を。

そもそも、なぜ選べないのか

仕事が原因のケガや病気は労災保険から給付される、と法律の側で先に決まっているため、健康保険の出番が最初からありません。選ぶ余地を残していない仕組みです。

協会けんぽの案内でも、本人も勤務先も、労災保険と健康保険のどちらを使うかは選べないと明記されています。「本人がそう言うなら」で決まらない理由が、ここ。

健康保険で受診した分は、後から保険者が7割分の返還を求めます。誰かが損をする話ではなく、支払う財布を間違えている状態。そう考えると分かりやすいはずです。

決めるのは、労働基準監督署

受付にとって、いちばん効くのがここ。
覚えるのは1行だけ。

認定する場所は決まっています。勤務先を管轄する労働基準監督署です。協会けんぽでも、勤務先でも、損害保険会社でもありません。

もちろん病院の受付でもない。

つまり「これって労災になりますか」と聞かれても、答えを出す立場ではありません。答えられないのではなく、決める場所が別にあるだけ。

「労災になるかどうかは、労働基準監督署が判断する形になっています。こちらで決められないので、まず勤務先にご相談いただけますか」

窓口で結論を出そうとするほど、答えを持っていないことが言いにくくなってしまうので、最初から決める場所を伝えるほうが早く終わります。この一言があるだけで、押し問答が減りますよ。

「労災かくし」が指しているもの

現場では「労災隠しになるのでは」という言葉が飛び交います。ただ、中身は限定的。

厚生労働省のQ&Aによれば、労災かくしとは、事業者が労働者死傷病報告を故意に出さないこと、または虚偽の内容で出すことを指します。

根拠は労働安全衛生法第100条と、労働安全衛生規則第97条。

つまり、健康保険を使ったこと自体を指す言葉ではありません。報告を出さないことが先にあって、その流れで健康保険での受診につながります。

そして、この言葉を受付から患者さんへ向けて使わないこと。制度の説明だけで足ります。相手を疑う言い方をした瞬間、話が別のものへ変わってしまうので。

判断が分かれるものもある

すべてがきれいに分かれるわけでもありません。

もともとあった腰の痛みが、仕事で悪化した。線引きが難しく、労働基準監督署の判断を待つ場面です。

こういう時ほど、受付で線を引かないこと。
持ち帰れば済みます。

  • 状況を聞き取って、記録に残す
  • 患者さんには「勤務先と労働基準監督署へ」と案内する
  • 院内で迷ったら、労働基準監督署か労働局、加入している健康保険の窓口へ

迷う人が出るのは制度の性質上あたりまえなので、「迷った時にどうするか」を院内で先に決めておくと、当日の判断が要らなくなります。

これは新人さんを守る仕組みにもなりますよ。

件数が少ないから、毎回わからなくなる

総合病院で医療事務を10年以上やってきて、労災の受付は数えるほどでした。だからこそ、久しぶりに来ると迷います。

用紙の番号、指定医療機関かどうか、点数の扱い。健康保険と同じ感覚で処理できないうえに、普段は参照する場所すら開いていないので、そのたびに資料を探すところから始まります。

私も現在はフルリモートで算定業務を担当していますが、労災は毎回確認しながら進めています。

覚えていないことは、悪いことではありません。確認する場所さえ決めておけば済む話。

労災の診療は、健康保険と算定の決まりが違います。点数を計算する時とレセプトを点検する時は、労災算定ナビで条件を確かめられます。

よくある質問(FAQ)

Q. 通勤の途中で寄り道していた場合も、通勤災害になりますか?

そこも労働基準監督署の判断です。経路や目的で扱いが変わるため、受付で結論を出さず、状況を聞き取って記録に残すところまで。

Q. 自分の病院が労災指定医療機関かどうかは、どこで分かりますか?

院内の事務長や上司に聞くのが早いですね。厚生労働省と各労働局のサイトでも、指定医療機関を検索できます。

Q. 患者さんが「勤務先に言いたくない」と言ったら?

労災の請求は、勤務先ではなく被災した本人が行います。勤務先の証明をもらえない事情がある場合、相談先も労働基準監督署です。そこまで案内できれば、受付の役割としては十分。

Q. 通勤中の交通事故は、労災と第三者行為のどちらですか?

両方が関わる場面です。通勤災害の手続きとは別に、相手のいる事故としての届出も要ります。加入している健康保険の窓口と、労働基準監督署の両方へ確認を。

Q. すでに月遅れになっているレセプトも、切り替えられますか?

取り下げと出し直しになるため、時期で手順が変わります。院内の請求担当と、加入している健康保険の窓口へ早めに相談を。

受付で固まらないために

  1. 最初に「いつ、どこで、何をしていた時か」を聞く:ここが分かれば、その先は流れで決まります
  2. 用紙は受診先で変わる:労災指定医療機関なら様式第5号で窓口負担なし。指定外ならいったん全額
  3. 決めるのは労働基準監督署:受付は判断する場所ではありません。案内する場所を知っていれば十分です

仕事中のケガの受付に、特別な知識は要りません。聞く順番と、渡す先。この2つだけです。

保険証まわりの基本は、無料の受付で固まらない制度早見表PDFにもまとめています。

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出典・参考

■ 著者プロフィール
3つの総合病院で医療事務10年以上、うち1院で元採用担当を3年。
現在はフルリモートの医療事務として算定業務を担当。3児の父。
「もうひとりで悩まない医療事務」を届けるため発信しています。

最終更新日:2026年9月10日