FAILURE #003
患者さんに名前を呼び間違えて、
限界だった朝
入職3週目、水曜日の朝でした。
風邪が流行り始めた頃で、待合室には開院前から列ができていました。先輩が「今日は早めに呼び込み始めよう」と声をかけて、私もカウンター内で問診票の準備をしていました。
名前を呼んだ瞬間
8時45分、診察の呼び込みを始めました。
カルテを手に取って、待合室に向かって名前を読み上げました。声を出す瞬間、心臓の音の方が大きく聞こえました。
珍しい読み方の名字でした。カルテには振り仮名がついていましたが、私の頭の中で、読み方が別のパターンに置き換わってしまいました。
3回呼びました。3回とも、違う読み方でした。
待合室の空気が、止まった気がしました。
「違います」
3回目の呼び出しで、後ろの方の席から、男性がゆっくり立ち上がりました。
60代くらいの方でした。カウンターまで来て、私の目を見て、短く言いました。
「違います。私の名前、そう読みません」
声は小さかったけれど、通りました。待合室の他の患者さんたちも、聞こえていたと思います。
「申し訳ありません」と、言ったはずです。声が出たかどうか、自信がありません。カルテを持ち直して、正しい読み方で、もう一度お呼びしました。
患者さんは、何も言わずに、診察室に入っていきました。
待合室の視線を、覚えている
カウンターに戻るまでの、5歩くらいの距離が、長く感じました。
他の患者さんが、私を見ていました。誰も何も言いませんでしたが、見られている感覚だけが、はっきりありました。横の先輩も、気づいて、でも何も言いませんでした。
次の呼び出しの準備をしながら、手が冷たくなっているのが分かりました。カルテが震えていたかもしれません。
「次、間違えたらどうしよう」
「また名前を読み上げるのが、怖い」
「さっきの患者さんは、きっと怒っている」
3つの考えが、次の呼び込みの間も、ずっと頭にありました。
休憩室で、初めて限界だった
午前の外来が終わって、11時半に30分の休憩に入りました。
休憩室のパイプ椅子に座った瞬間に、ようやく息が吐けた感覚がありました。でも、次の瞬間に、体の力が全部抜けていきました。
お弁当を開ける気になれませんでした。お茶を飲む気にもなれませんでした。何もしないで、壁の時計を見ていました。
入職3日目の電話、入職2週目の会計ミス、そして今朝の名前の呼び間違い。3つのシーンが、交互に頭の中で再生されました。
「私は、もう限界かもしれない」
初めて、はっきり、その言葉が頭に浮かびました。
午後の外来を乗り切れる気が、しませんでした。
今振り返ると、見えているもの
10年経って、元採用担当として多くの方を面接してきた今の私から見ると、あの朝の失敗は、新人さんの9割が通過する道です。
珍しい名字を読み間違えるのは、医療事務あるあるのトップ5に入ります。10年目の今でも、年に数回、私自身が読み間違えます。新人さんに至っては、月に数回は起きます。
「違います」と言ってくれた患者さんは、実は、配慮してくれた方でした。怒鳴りつけるのではなく、はっきりと、でも静かに訂正してくれたおかげで、その後の診察は普通に進みました。そういう患者さんは、多くはありませんが、確かにいます。
それから、これは今だから書けることですが、横の先輩が何も言わなかったのは、私を責めなかったからではなく、「本人が一番分かっているから、今は触れない」という判断だったと思います。元採用担当になってから、私も同じ判断を何度もしています。
あの日の休憩室の自分に
もし、あの日の休憩室に戻って、壁の時計を見ている自分に声をかけられるなら、こう言います。
名前の読み間違いは、医療事務10年の通過点で、終点ではありません。
今朝の失敗は、午後の失敗の予告ではありません。
限界だと感じた日は、限界まで頑張った日です。
3つの失敗が重なると、新人さんは「自分だけがおかしい」と思い込みます。でも、3週目までに3つの失敗を経験するのは、むしろ健全な学習曲線です。失敗の多さと、向いていなさは、別の話です。
限界を感じることと、限界を超えることは、違います。
今日、同じ休憩室にいる方へ
今日、午前中に大きな失敗をして、休憩室で何もできなくなっている方が、この画面を見ているかもしれません。
午後の外来を、100%でやろうとしないでください。
60%で、十分です。名前の呼び方だけ、もう一度カルテを見てから口に出す。会計の金額は、電卓で2回計算する。電話が鳴ったら、落ち着いて1本目から取る。これだけで、午後の数時間は過ぎます。
失敗を取り返そうとしないでください。午前中の失敗は、午後に取り返す種類のものではありません。明日でも、来週でもなく、「半年後の自分が、少し上手になる」ことで、勝手に消えていきます。
皆さんは、ひとりじゃありません。
— ゆう
