FAILURE #002
先輩の前で計算を間違えて
「もういい」と言われた夕方
入職から2週間が過ぎた、ある日の夕方でした。
初めて、先輩の隣で会計を任されました。患者さんがカウンターの前に立って、レセコンの画面に金額が出て、私が電卓を叩く番でした。
電卓を叩く手が、震えていた
一部負担金の計算は、何度も教わっていました。3割負担、2割負担、1割負担。端数処理のルール、併用療養費の扱い、公費の組み合わせ。メモにも書き留めて、前日の夜に見直していました。
それでも、患者さんの前に立つと、頭の中が整理できなくなりました。
後ろで先輩が見ています。横の列では、別の先輩が別の患者さんを対応しています。背中に視線を感じて、電卓を叩く指が、自分のものじゃないみたいに、動きませんでした。
ようやく金額を出して、伝票に書いて、患者さんに提示しました。患者さんは財布からお札を出して、カウンターに置きました。
その瞬間に、後ろから先輩の手が伸びてきました。
「もういい」
先輩が私の伝票を取り上げて、電卓を叩き直して、金額を書き換えました。患者さんに「失礼しました、こちらの金額です」と、柔らかく伝えてくれました。
違っていたのは、100円でした。
端数処理の1つを、私は間違えていました。切り上げと切り捨ての判断を、逆にしてしまっていました。
患者さんが会計を終えて、カウンターから離れたあと、先輩は私の方を向かずに、レセコンの画面を見ながら、小さな声で言いました。
「もういい」
入職3日目にも、同じ言葉を聞いていました。今度は、3文字ではなく、体の中に、鉛が落ちてきたような感覚でした。
残業の後、駐車場で
業務終了後、残業で伝票の整理をしました。先輩は普通に話しかけてくれました。でも、私はまっすぐ先輩の目を見られませんでした。
19時過ぎに病院を出て、駐車場の車の中で、しばらく動けませんでした。
車のキーは手に持っていました。シートベルトは締めていました。でも、エンジンをかけて、家に帰る、という動作が、できませんでした。
「100円の計算を間違えた自分が、医療事務を10年続けられるはずがない」
「他の新人は、もっと早く計算できているはずだ」
「先輩は、もう私に期待していない」
3つの考えが、頭の中で交互に鳴り続けました。
30分ほど、そのまま座っていました。窓ガラスに、白い息が曇って、消えて、また曇って、を繰り返していました。
今振り返ると、見えているもの
10年経って、元採用担当として多くの方を面接して、新人教育をする立場になった今の私から見ると、あの日の先輩の「もういい」は、私を責めた言葉ではありませんでした。
目の前に患者さんが待っている状況で、新人の計算ミスを1つずつ解説する時間は、先輩にはありません。「もういい、自分がやる」は、その場を処理するための、最短の判断です。
それに、100円の計算ミスは、新人2週目であれば、先輩側も想定の範囲内です。想定外なのは、ミスが起きたこと自体ではなく、「新人の横で会計を見続ける体制が作れていないこと」の方でした。これは組織の問題であって、私の問題ではありません。
でも当時の私には、その翻訳ができませんでした。「もういい」が「あなたには任せられない」に聞こえて、それが「あなたは要らない」まで一気に繋がってしまっていました。
あの日の駐車場の自分に
もし、あの日の駐車場に戻って、動けない自分に声をかけられるなら、こう言います。
100円の計算ミスで、医療事務の10年は終わりません。
新人2週目の計算ミスは、失敗ではなくて、通過点です。
駐車場で動けないのは、あなたが壊れたからではなく、限界まで頑張った証拠です。
10年目の今、私は新人さんの計算ミスを1日に何回も見ています。100円どころか、1,000円単位で違うこともあります。それでも、新人さんは、続けています。
ミスは、続けることを止める理由になりません。
今日、同じ駐車場にいる方へ
今日、計算を間違えて、帰りの車の中で動けなくなっている方が、この画面を見ているかもしれません。
エンジンをかけて、家に帰ってください。
何も食べなくていいです。お風呂に入らなくていいです。着替えなくてもいいです。ベッドまでたどり着いてくれたら、今日のミッションは完了です。
100円のミスは、明日の朝には、100円のままです。皆さんの10年分の人生の中で、100円は、100円以上の意味を持ちません。
皆さんは、ひとりじゃありません。
— ゆう
