ゆうゆうの医療事務ブログ

FAILURE #001

入職3日目、電話を3本同時に取って
頭が真っ白になった日


あの日のこと、今でも覚えています。

忘れたくても、夕方の休憩室の、電気ケトルの音が、年に何回か、ふと戻ってきます。

その日の朝、私はまだ走っていた

入職3日目の朝、私はまだ走れていたつもりでした。

総合病院の受付に立って、先輩の後ろを追いかけながら、メモを取っていました。保険証の種類、一部負担金の計算、再診の受付の流れ。全部が新しくて、全部が分からなくて、でも、覚えなきゃと必死でした。

10時を過ぎた頃から、待合室が埋まり始めました。月末月初で、来院数がいつもより多い日でした。先輩が「電話、取れるところから取ってね」と、隣のカウンターから声をかけてくれました。

「はい」と返事をした自分の声が、今もくっきり残っています。

電話が3本、同時に鳴った

10時40分頃でした。

受付カウンターの電話、事務室の電話、奥の内線。3本が、ほぼ同時に鳴りました。

最初の1本は、受付の電話を取りました。予約変更の問い合わせでした。その間に、事務室の電話が切れて、また鳴りました。

受付の電話を保留にして、事務室に走りました。内線が鳴り止まず、今度は奥から「出て!」という先輩の声が飛んできました。

事務室の電話を取った瞬間に、相手の話している内容が、頭に入ってこなくなりました。

診察券の番号、患者さんの名前、生年月日。聞き取っているはずなのに、メモを書く手が、止まっていました。

頭の中が、白い光でいっぱいになった感覚でした。相手の声が遠くなって、受付で保留にした電話のことも、忘れていきました。

「もういい」

5分後か、10分後か、時間の感覚がありません。

気がついたら、先輩が私の隣に立っていました。電話を私の手から取って、保留の線を処理して、謝って、内線の対応も、全部やってくれていました。

全ての電話が終わったあと、先輩は小さな声で「もういい」とだけ言って、カウンターの向こうに戻っていきました。

怒鳴られたわけではありません。叱られたわけでもありません。ただ「もういい」の3文字が、私の中で鳴り続けました。

午後からの記憶は、ほとんどありません。

18時、業務終了のあと、誰もいない休憩室に一人で座りました。電気ケトルの、保温の音だけが、ずっと鳴っていました。帰り道、どうやって車を運転したのかも、覚えていません。

家に着いて、ベッドに倒れ込みました。翌朝、動けませんでした。

今振り返ると、見えているもの

10年経って、採用担当として100人以上を面接してきた今の私から見ると、あの日の先輩の「もういい」には、違う意味がありました。

私を責めた言葉ではなく、「もう代わる、あなたはここから外れて」という業務判断だった、と分かります。新人が3本同時の電話をさばけないのは当然で、先輩は最も合理的な動き方をしていただけでした。

でも当時の私には、その翻訳ができませんでした。「もういい」が、私の全てを否定する言葉に聞こえました。3日目の新人に、先輩の意図を正確に読み取る余裕はありません。

そして、これも今だから書けることですが、先輩もあの日、余裕がなかったのだと思います。月末月初の忙しさの中で、新人を抱えて電話3本を処理する状況は、先輩にとっても限界でした。

あの日の自分に、今の私が伝えること

もし、あの日のベッドに戻って、動けなくなっている自分に声をかけられるなら、こう言います。

「もういい」は、あなたのことじゃない。
あなたは、今日、壊れたんじゃない。
3日目の新人が壊れるのは、制度設計の問題です。

当時の私は、自分が弱いから壊れたのだと思っていました。でも、10年後の私は、はっきり知っています。あの状況で電話3本をさばける新人は、この世にいません。

壊れたのは、皆さんの性質ではなく、その日の環境です。

今日、同じ日を過ごしている方へ

今日、私と同じような日を過ごした方が、この画面を見ているかもしれません。

詳しい対処法は、このページに書きません。今夜の皆さんには、多分、情報を受け取る力が残っていません。それは、皆さんが限界まで頑張ってきた証拠です。

今夜は、温かい飲み物を一杯だけ飲んで、スマホを閉じて、眠ってください。

明日、動けなかったら、動かなくていいです。動けたら、動いてください。判断は、3日寝てからでも、3週間休んでからでも、遅くありません。

皆さんは、ひとりじゃありません。

— ゆう


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