前職の最終出勤日、私のデスクには返戻書類が山積みになっていました。
総合病院の医療事務として10年以上、毎月の月末月初に決まって返戻と再請求のサイクルがやってきます。査定理由を見て、カルテを引いて、点数を直して、紙に印刷して、提出してと、ひとり分の作業量で12〜14時間。新人のころは、それで泣きそうになる夜もありました。
AIに、いちばん最初に渡したかった仕事は、これです。
10年ほど業界の中にいると、「これは機械でいいよね」という仕事と、「これは人じゃないと無理だな」という仕事の境目が、自分なりに見えてきます。
返戻のチェックパターンは、99%が「過去にも同じ理由で返ってきた組み合わせ」です。査定の言い回しは決まっているし、対応する診療行為の点数も決まっているし、必要な追記欄も決まっている。10年の現場感覚から言えば、これは人がやるべき仕事の構造をしていません。
一方で、「窓口で泣いている初診の患者さんに、どう声をかけるか」。これだけは、いまもこれからも、AIには渡したくない仕事です。
「あの、保険証、忘れちゃって、子どもの予防接種なんですけど」
こう言うお母さんの目を見て、声色をきいて、後ろのベビーカーの中の子どもが泣いていないかを確認して、「大丈夫ですよ、今日はこちらの書類だけ書いてください」とお伝えする。この3秒は、AIには絶対に渡せません。
業務PCにAIを入れることは、私のいる現場ではまだ難しいです。会社のセキュリティ規定で、外部AIサービスへの業務データ持ち出しは禁止されています。これは正しい判断だと思います。
ただ、私たち医療事務の側でも、自分の仕事を「人の手に残すべき部分」と「機械に任せていい部分」に分けて考える時期は、もう来ていると思うのです。
返戻のチェック、レセプト点検の一次選別、保険証の有効期限確認、点数表との照合、コードの組み合わせの確認。このあたりは、10年経った私から見ても、機械の方が圧倒的に得意です。早く渡したいです。
残したいのは、患者さんの「困った」を3秒で察すること。新人さんが先輩に何か言われた直後の顔色に気づくこと。月末月初の朝、まだ照明の半分も点いていない受付で「今日もよろしくね」と挨拶を交わすこと。
このあたりが、10年の中で私が大事にしてきた仕事の核です。
10年後、医療事務の仕事はかなり変わっていると思います。返戻のチェックは機械が一次対応して、人は最終確認だけする。そんな未来になっているはずです。
そのとき、生き残るのは「人にしかできない仕事」を磨いてきた人だと思います。患者さんの目を見られる人。新人さんの背中をそっと押せる人。月末月初の朝に、まだ電気のついていない受付で、ちょっとだけ早く笑顔を作れる人。
その日のために、いまから少しずつ準備しておきたい。AIに渡せる仕事は、早く渡したいです。それで空いた時間で、新人さんの顔をもう少し見られるようになりたいと思っています。
— Yu